生徒の成長=指導者としての成長

 

 

年長さんから入門したUくんも今年で早10歳。時の経つのは早いなぁ~としみじみ感じる。最初はママのそばを片時も離れず、稽古始めるまで随分と時間かかったりしましたが、それもいい思い出。


生徒の成長=自分の指導者としての成長と心得て今でも未熟ながらやらせてもらってます。自分自身ではいつも足らずを感じて稽古終わる度に自己反省を繰り返すばかり。

そういう未熟な先生の元でずっと続けてくれて有難う。ママさん含めて感謝の気持ちでいっぱいです。

修正点を明確に指摘する

例えば、同じレベルの人たちに同じ技法を同じように説明してやらせても、皆それぞれ結果が異なるのは、捉え方、感性、観察力、研究心、身体的差異、性別の違いといった様々な理由があるわけです。


よって生徒を画一的に捉えるのではなく、結果を鑑みて各人それぞれをフォローする必要がある。出来るだけ修正点を明確に指摘し、それをクリア出来るまで徹底的にリフレインすることで欠点を少しづつ減らし、最終的にはパーフェクトを目指したいのです。

先週のマスタークラスでは対刃物技法の首元突付を数パターン訓練しましたが、身体の柔らかさやリズム感のいい悪いで、各人それぞれ違いが出ていて、教える方としても良い勉強になりました。

原理原則で説明すること

特に合気系の道場では、まず先生が模範演武をしてから「さあ、やってみなさい!」という流れが大半で、研究心のある一部の弟子は自身で理合を会得できるかもしれないが、ほとんどの生徒は闇雲に形だけ真似るのが精一杯でしょう。

 

それは単に結果を提示しているだけに過ぎず、肝心のノウハウが説明できていない。そういう意味では剣護身術は黒木代表がかなり深遠な部分までディテールを開示してくれるので未経験者でも短期間で上達できているわけです。

 

教えた相手が明確に理解できて、それを確実に再現できなければ意味がないと私は考えています。ではどうすれば効率よく技術を習得することができるのか?

 

それは原理原則を説明することにあると思っています。原理というのは普遍性を内包していますから、それを正確に理解出来れば、かなり再現性は高いのではないかと考えます。

 


昨日のベーシッククラスでは、超一流大学院の博士号をもつ院生に物理的な観点で解説したところ、非常によく理解でき、昨日だけでかなり上達しましたので原理をもって指導することはかなり有効だと手応えを得ています。

頭で考えると身体は固まる

何らかの思考や価値観に囚われて、いざという時に咄嗟に動けなくなるのは現代人の特徴であるのだが、これを武道の世界では「居着き」と呼んでいる。

動物的本能としては敵に襲われたときに選択肢としては「闘争」「逃走」の二択しかない。それを本能で瞬時に判断するわけだが、そこに思考が介入すると突如身体が「フリーズ」し即死に至るという
わけだ。

だから護身術ではなるべく思考を介さず本能で瞬時に身体が反応できるよう予めシステム化しておく必要がある。これは訓練なしには成立しない。


頭で考えると身体は固まる。万が一の場合に「居着き」状態に陥らないよう、普段から反応力を鍛える訓練を積んでおかなければならない。

羽生結弦選手に学ぶ人間力

 

羽生結弦選手が怪我から復活して見事金メダルをとったのは周知の通りですが、その氷上での演技の完成度の高さはもちろんのこと、彼の他人に対する応対の仕方一つ一つが正に称賛に値するものだと感じました。

ここまで全てにおいて出来が良いと同性としては嫉妬もしたくなるもんですが、嫉妬すら感じない(笑)。心から拍手を送りたくなるのは彼の人間としての完成度の高さなのでしょう。

応援してくれるファンへの気遣い、謙虚さ、後輩・スタッフへの気配り、選手としての心の強さ….挙げればキリがないぐらい全てにおいて素晴らしい。神対応ですよ。息子のような年齢ですが、いち人間として見習うべきと心得ます。

 

どこかの失言の多い政治家のセンセー方、少しは羽生選手を見習っては如何でしょう?(笑)

 

ゴールデンサークル

人の思考は「ゴールデンサークル」という3つの円のフレームによって階層をわけることができます。


①Why(なぜやるのか)
②How(どうやるのか)
③What(何をするのか)


これは技法などの説明をする時に必ずこの順に従います。それは子どもに理屈をえる時も同様。


これは何のための訓練なのか?
何をどうするための技法なのか?

目的を明確にすることで稽古に向かう意識が大きく変わるのは言うまでもありません。これは稽古のクウォリティーを向上させるために必要不可欠なファクターと考えます。 

 

頑張る横綱

神戸支部:広報室長・北薗さん。
体格は横綱級ですが、動きは非常に柔らかい。
稽古もほとんど休まず出席、大東流合気武道にも入門し、そちらの稽古も頑張ってます。ただし、袴が既製品でサイズがないので特別オーダーしているらしい(笑)。色々と余分に出費がかさんでますね(食費含む)。しかし、ホントに真面目に頑張ってる人です。将来は良い指導者になると思います。

 

あっ、これ違う。ウガンダやし….

 

 

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あかん!これは暗殺された人!

 

違う、違う、これは小錦!

なんかどれが本物か分からんようになってきた(笑)。

 

教えることは己自身の勉強

 

一昨日は珍しく和室で大東流合気武道の稽古。少人数ならこれぐらいの部屋のほうが落ち着いて稽古できますね。

故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知れば、以て師となるべし。

正にこの論語の通り。誰かに何かを教えるためには、その何かに付随する色々なことに習熟していないとならない。そうでないと、誰かに何かを教えることはできません。

受けた教えをそのまま伝えるだけなら誰でも出来る。自分なりに正しく咀嚼し、それをより深く研究し工夫を凝らす。指導する者にはそれが必要なんだと改めて思った次第です。

究極の判断力

実戦において本当に必要なのは技術云々以前に圧倒的スピードの反応力と瞬時に状況を見極め的確な行動をとれる判断力に他ならない。

こればかりは何度も何度も実戦的訓練を反芻するしかない。与えられた環境、与えられた条件のなかでしか発揮できないようなものではなく、如何なる条件でも即時に対応出来なければ無意味である。

特に最近の子どもはある条件下の元でしか動けない子が増えている。想像力と野生の本能が著しく欠如しているような気がしてならない。


だからこそ、護身術という失敗が許されない世界では、第一に究極の判断力を子どもたちに備え付けてやる必要があると考える次第だ。

伝説の空手家が見学に

先週土曜のマスタークラスに無門会空手宗主・富樫宜資(とがしよしもと)会長が見学に来られました。我々の世代にとっては昭和の名作、梶原一騎原作「空手バカ一代」の中に出てきた伝説の空手家で、どこの流派にも属さず、たった独りで山籠り修行をし、独自の空手道を創り上げた凄いお方。去年、うちのメンバーでもある無門会空手・豊岡支部長の中井さんを通じてお会いすることができ、今回また新神戸スタジオで講習会を開催されるため前日入りされたため、神戸支部の稽古をご覧になられたという次第です。

 

さすがに富樫会長に見られての稽古は些か緊張しましたが、剣護身術として恥ずかしくないよう気合を入れてやりました。武道に関しては相当厳しい目をお持ちの方ですから、黒木代表ならともかく私程度ではもしかしたら児戯に等しい感じに思えたかもしれません。あえて批評なさりませんでしたが、そこがまた会長の紳士たる所以かと拝察致します。しかし今回の件は会長ブログにも登場しましたので、我が団体を気に入って頂けたのではないでしょうか(笑)。

 

いずれにせよ、こういった他流派の素晴らしい先生方と交流させて頂くのは色々と勉強になりますし、個人的にも格別の栄養となり得ます。稽古アフターで食事もご一緒させてもらい、そこで海外事情の話から始まり、最終的に会長御自ら席を立ってまでの最新の富樫理論の熱い講義になってしまい、参加したメンバー一同、非常に嬉しいオマケになりました。我々のような他流派で末席に座る者にも分け隔てなく昵懇にして頂き、全く有難い限りです。

 

会長と色々お話させて頂いて思ったのは、どことなく黒木代表にも近いものがあるな~と。山籠り~独りで修行~独自の理論を構築~新しい武術を創成。経歴も合致してる部分も多々あり、武道一直線なところ、常に進化の歩みを止めない現在進行系なところ、紳士で優しいところ….等々。とにかくアフターに参加したメンバーは相当得しましたね(笑)。富樫会長、本当に有難うございました。