何事も身分相応に考える

秀吉の軍師で36歳という若さで病死した竹中半兵衛重治。日の本いちの知将と謳われ、黒田官兵衛を名軍師へと導いた兄貴分でもあり、また官兵衛の嫡男で江戸時代には52万石の大大名となった黒田長政の命の恩人でもあった武士の中の武士ともいうべき人物である。
また半兵衛は元の主君で、酒色に溺れて政務を顧みようとせず、一部の無能な側近だけを寵愛して半兵衛を政務から遠ざけて蔑ろにした斎藤龍興の稲葉山城を手勢たった16人に乗っ取ったという離れ業を成し遂げたこともある。その半兵衛が残した言葉で、

 


「身分不相応な値の高い馬は買い求めるべきではない。よき馬ゆえにかえって名を失うこともある」                  

 

というのがあるが、これは名馬を買えば、合戦の際にその名馬が惜しくなり戦機を逃しかねない。だから貧相な馬でいいのだ….という常に実戦を頭に入れて行動していたという超ストイックな半兵衛ならではの名言である。武道人たるもの私欲にかられ、身分不相応なモノを求めたり、派手な行いは断じて慎まなければならない。結局、身分不相応な行いは自らを滅ぼす魔物となる。

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