姿勢は技に大きく影響する

昨日の大東流合気武道の稽古会で、姿勢について指摘したのですが、姿勢が悪ければ技がかからなかったり上手く運べなかったりというのがあります。

それは実戦護身術『剣』でも同じくで、いつも生徒には黒木代表のあの美しい姿勢、立ち姿をよくよく見本にするようにと口酸っぱく申しておるのですが、まだまだそこまで研究しておる人が少ない。


黒木代表自身も常に「所作の美しさを追求している」と口にされてますし、あの超人的なスピード感、正確さの秘訣のひとつと言っても過言ではない。


大東流合気武道の武田宗家もそうですが、とにかく姿勢がキレイ、美しい。そこに着眼点を置くか否かで技の本質そのものに大きく影響するのは間違いないと私は強く考えています。

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最高の護身術とは?

先週のベーシッククラスに40代サラリーマンの男性が体験に来られたので、まず最初に『剣』の護身の心得を説法してみました。


★自ら争いの種をつくらない
★怒りをおさえ常に平常心を保つ
★争いを仕掛けられても回避する
★謝って相手の気が済むなら謝る

…等など。特に最後の謝るという行為。男同士だとどうしても闘争心に火が付き、負けてなるものかと相手を打ち負かそうとしてしまうが黒木代表は、

 


「謝って済むなら謝ればいい。それで 争いを防ぐことが出来れば最高の護 身術だ。頭を下げたからといって人 間の価値は下がらない。」

  


と事あるごとに我々に教えてくれましたが、これは出来るようで中々出来るものではない。如何に自分自身を冷静にコントロールできるか?それが問われるんだと思います。戦わずして勝つ。これこそ最高の護身術です。

挨拶の大切さ

 

先週のキッズクラスの冒頭で「挨拶」について少々語りました。私の通っていた全寮制の高校では特に挨拶を厳しく仕込まれましたので、挨拶の大事さは人一倍理解しているつもりです。

人間関係を構築するうえで、まず最初の行動が「挨拶」です。これなしには関係は始まりません。どれだけ気持ちのよい挨拶ができるか?大きい声で真っ直ぐ前を向いて挨拶できる人は他人にまず好印象を与えますし、清々しい関係が築けるんではないでしょうか。

これはコミュニケーション能力にそのままリンクします。最近のスマホ世代の子どもたちは、どうも挨拶が苦手なようでハッキリと挨拶できる子が非常に少ないと感じます。これでは他人とコミュニケーションするのは難しい。

我がキッズクラスでも最初と最後の礼法でしっかり礼の挨拶が出来ない子には注意します。他人と手を取り合って稽古するのに挨拶がちゃんと出来ないようでは武道を習う資格がない。

これは大人クラスでも同じことが言えます。挨拶がちゃんと出来る人は上達も早いし、他の生徒とも上手く付き合ってますが、他人と会話が上手く成り立たない人は組手やらせても、どこか自分本位で相手を気遣う心が欠けています。

私自身も時に気付かずに挨拶をスルーしてしまうこともあるので、自分自身への戒めとして思いを綴ってみた次第です。

わが人生に悔いなし

今日は嫁の伯父の葬儀に参列してきました。裸一貫から身を起こし町工場から広大な敷地にいくつもの工場を営む企業へと育てあげた立身出世の立派な方でした。ご夫婦にお子さんがおられませんでしたので、うちの嫁を幼少の砌より我が子のように可愛がってくれてたようです。われわれ夫婦の結婚式でも、そのような内容のスピーチしてくれたのを思い出します。

その目の中に入れても痛くないほど可愛がってた姪っ子を、どこの馬の骨か分からん愛想の悪い男が突然拐っていったもんですから、当初は相当疎んでたようで結婚前に挨拶に行っても会ってもくれませんでした(笑)。正直、当初は苦手な感じでしたが、結婚後は家に呼ばれてご馳走になったり、大変よくして頂きました。体格も立派な方でしたので背広を着るとまるでどこかの政党の幹事長か防衛大臣のような風格でしたね。そんな伯父さんも棺におさめられていた姿がとても小さく感じました。魂が抜けた肉体とは本当にあっけないものです。

嫁はもちろんのこと身内の皆さんはそれぞれ伯父さんに色んな形で世話になった方ばかりのようで出棺の時は号泣でした。その他も会社関係で参列されていた方々も嗚咽を抑えきれなかったようで心から別れを惜しんでいらっしゃいましたね。誰に対しても面倒見の良かった伯父さんの人徳が偲ばれます。

享年81歳。会社も順調に業績を上げておられ、仕事も多忙を極めていた中でのお隠れですので故人も色々やり残したことがあったのではないかと推察致しますが、それも人生、これも人生であります。立ち止まることなく全力で人生を駆け抜けてこられた人なので人生に悔いはなかったとは思いますが、今となってはそれは誰も知る由もありません。

私もこの世を去る時には悔いなく旅立ちたいものです。たとえ道半ばであろうとも悔いが残ることのないよう日々全力で生きていきたい。今日その伯父の葬儀を終えてふとそう思ったので想いを文字に認めた次第であります。

 

 

 

桜の花の下でみる  夢にも似てる人生さ~♫
純でいこうぜ~愛でいこうぜ~ 生きてる限りは青春だ~♫

夢だろうと 現実(うつつ)だろうと~ わが人生に悔いはない~♫

生徒の成長=指導者としての成長

 

 

年長さんから入門したUくんも今年で早10歳。時の経つのは早いなぁ~としみじみ感じる。最初はママのそばを片時も離れず、稽古始めるまで随分と時間かかったりしましたが、それもいい思い出。


生徒の成長=自分の指導者としての成長と心得て今でも未熟ながらやらせてもらってます。自分自身ではいつも足らずを感じて稽古終わる度に自己反省を繰り返すばかり。

そういう未熟な先生の元でずっと続けてくれて有難う。ママさん含めて感謝の気持ちでいっぱいです。

修正点を明確に指摘する

例えば、同じレベルの人たちに同じ技法を同じように説明してやらせても、皆それぞれ結果が異なるのは、捉え方、感性、観察力、研究心、身体的差異、性別の違いといった様々な理由があるわけです。


よって生徒を画一的に捉えるのではなく、結果を鑑みて各人それぞれをフォローする必要がある。出来るだけ修正点を明確に指摘し、それをクリア出来るまで徹底的にリフレインすることで欠点を少しづつ減らし、最終的にはパーフェクトを目指したいのです。

先週のマスタークラスでは対刃物技法の首元突付を数パターン訓練しましたが、身体の柔らかさやリズム感のいい悪いで、各人それぞれ違いが出ていて、教える方としても良い勉強になりました。

原理原則で説明すること

特に合気系の道場では、まず先生が模範演武をしてから「さあ、やってみなさい!」という流れが大半で、研究心のある一部の弟子は自身で理合を会得できるかもしれないが、ほとんどの生徒は闇雲に形だけ真似るのが精一杯でしょう。

 

それは単に結果を提示しているだけに過ぎず、肝心のノウハウが説明できていない。そういう意味では剣護身術は黒木代表がかなり深遠な部分までディテールを開示してくれるので未経験者でも短期間で上達できているわけです。

 

教えた相手が明確に理解できて、それを確実に再現できなければ意味がないと私は考えています。ではどうすれば効率よく技術を習得することができるのか?

 

それは原理原則を説明することにあると思っています。原理というのは普遍性を内包していますから、それを正確に理解出来れば、かなり再現性は高いのではないかと考えます。

 


昨日のベーシッククラスでは、超一流大学院の博士号をもつ院生に物理的な観点で解説したところ、非常によく理解でき、昨日だけでかなり上達しましたので原理をもって指導することはかなり有効だと手応えを得ています。

頭で考えると身体は固まる

何らかの思考や価値観に囚われて、いざという時に咄嗟に動けなくなるのは現代人の特徴であるのだが、これを武道の世界では「居着き」と呼んでいる。

動物的本能としては敵に襲われたときに選択肢としては「闘争」「逃走」の二択しかない。それを本能で瞬時に判断するわけだが、そこに思考が介入すると突如身体が「フリーズ」し即死に至るという
わけだ。

だから護身術ではなるべく思考を介さず本能で瞬時に身体が反応できるよう予めシステム化しておく必要がある。これは訓練なしには成立しない。


頭で考えると身体は固まる。万が一の場合に「居着き」状態に陥らないよう、普段から反応力を鍛える訓練を積んでおかなければならない。

羽生結弦選手に学ぶ人間力

 

羽生結弦選手が怪我から復活して見事金メダルをとったのは周知の通りですが、その氷上での演技の完成度の高さはもちろんのこと、彼の他人に対する応対の仕方一つ一つが正に称賛に値するものだと感じました。

ここまで全てにおいて出来が良いと同性としては嫉妬もしたくなるもんですが、嫉妬すら感じない(笑)。心から拍手を送りたくなるのは彼の人間としての完成度の高さなのでしょう。

応援してくれるファンへの気遣い、謙虚さ、後輩・スタッフへの気配り、選手としての心の強さ….挙げればキリがないぐらい全てにおいて素晴らしい。神対応ですよ。息子のような年齢ですが、いち人間として見習うべきと心得ます。

 

どこかの失言の多い政治家のセンセー方、少しは羽生選手を見習っては如何でしょう?(笑)

 

ゴールデンサークル

人の思考は「ゴールデンサークル」という3つの円のフレームによって階層をわけることができます。


①Why(なぜやるのか)
②How(どうやるのか)
③What(何をするのか)


これは技法などの説明をする時に必ずこの順に従います。それは子どもに理屈をえる時も同様。


これは何のための訓練なのか?
何をどうするための技法なのか?

目的を明確にすることで稽古に向かう意識が大きく変わるのは言うまでもありません。これは稽古のクウォリティーを向上させるために必要不可欠なファクターと考えます。